2.いまさら、看板ぐらいに心を動かされはしない


うんざりしていた。くだらない看板に。その程度の呼びかけで踏みとどまるなら、自殺なぞ考えない。これを作った連中は、よほどお気楽な奴らだろう。
視界がひらけた。海だ。そして、崖。ここが私の死に場所か。悪くない。
だが、景色を楽しむ余裕もない。そのまま足を止めずに突き進み、飛び降りようとした。
もう数歩のところで、立ち止まったのは、人影が見えたからだ。崖に座っている男がいる。先客か?

「やあ。こんにちは」

男が、こちらを見ずに話しかけてきた。この男も、自殺希望者か、それを確かめるために男の顔をのぞいた。
男は、身なりは綺麗ではないが、とても優しく穏やかな顔立ちをしていた。自殺しようという顔ではない。ということは、

「あなたは……あれですか。相談所か何かの人ですか」

私は尋ねた。男は、笑って答えた。

「はは。私は、私だよ。ただの地元住民。お兄さんは、何だい?」

「ここがどういうところか、ご存知でしょう。不快な思いはさせたくありません。すみませんが、ちょっと、どこかへ行ってくれませんか」

「ははは。どうぞ、私に構うこたない。飛び降りればいい」

男は、自殺しようとする私を見ても、全く動じていないようだった。

「しかし、ちょっと勘違いしてないかね。ここがどういうとこかって。自殺の名所なんかじゃないよ。あの看板がいけないんだな。自殺を止めるつもりが、演出になってる」

「ここが自殺の名所じゃないなら、何なのです?」

「美しい岬さ」

そして男はぽつりと語りだした。数年前、自分も死ぬためにここへ来たこと。でも、死ねなかったこと。その時、再び見上げた風景が違って見えたこと、など。
私も崖に座った。美しい自然の中で、ぽつんと二人で話し合う。生きている、と思った。不思議な話だ。死にに来たのに、生き返った。今までが、死んでいたのだ。
気がつけば涙が流れていた。今までのように、悲しくて流した涙ではなかった。

「……ありがとう」

私は、男に感謝した。

「ははは。お互いがんばろうよ」

男は、私を励ますため、力強く、背中を叩いた。予想以上に力強く、私はバランスを失い、落……




「はーはっはっは!たまんねえ!ホントにたまんねえや!あの表情!希望を見つけた顔から一変、あの情けない絶望!やめらんねえ」

男の表情からは穏やかさは消え、ゆがんだ笑顔を隠すことなく浮かべていた。

「しかし、俺も善人だ。自殺者は地獄に行くらしいじゃねえか。これなら他殺だからなあ! 俺は俺で、怪しまれずに殺しを堪能できるしな。これぞ利害一致、一石二鳥ってやつだ。あー、たまらねえ」

自殺の名所が、他殺の名所であることを、この男以外には誰も知らない。

―――FIN

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