1,最後の最後なら、電話ぐらい試してみよう


希望を見つけたいわけではない。看板がうるさいので、試したかったのだ。思いついたことは試さないと気がすまない性格なのだ。
(そうした思いつきを事業にして失敗したのだが……)

受話器をとるだけで、通話ができるようだ。相談所に直接かかるらしい。

「はい、Y町相談所の田中です」

若い女性の声がした。

「あー、もしもし、どうも」

私は、冷静に話した。

「Y岬の電話からかけてるのですけれど。今から自殺しようと思っております」

「待ってください!お願い、早まらないで。教えてください、事情。力になります、ですから……」

まるで、消費者金融のCMに出てくる熱心な受付嬢みたいだと思った。

「事情といっても、一体どこから話せばいいものなのかな?」

「全てを。時間はたくさんありますから」




その誠意を試すために、最初から最後までこと細かく話した。普通の人なら少し聞いただけで、飽きて嫌になるだろう。
しかし、田中という相談員は、よく聞いてくれた。相槌をうち、質問や確認もしてきた。

「という具合です。どうしたもんですか?」

こんなに話したのは、いつ以来だろう。自分の語った話が、自分の話ではないみたいだ。

「そうですね……」

田中さんは、少し口ごもった。いくらプロでもすぐには答えられまい。
私は既に清々しい気持ちになっていた。希望がわいたわけではない。ただ、考える余地がまだ沢山あることに気がついたのだ。
相談すること。それは答えを求めるためでなく、自分と向き合うことだったのだ。

「死んだ方がいいですね。それは」

一瞬意味がわからなかった。誰が言ったのかも。だが、それは相談員の田中さんの声だった。

「救い様がない。早く死んでください」

「ちょ、ちょっと……」

「ねえ、私のこと忘れた?」

突然、くだけた口調になった。背筋が凍りついた。この声は、真由美の……。事業を始めたころに同棲し、そして突然いなくなった真由美……。

「あれから私がどんな目にあったか知らないでしょう。あなたが姿をくらましたから、毎日ヤクザの取立てが来て……実家にも」

そういえば、真由美は元々カウンセラーをしていたと言っていた。名を変えて、仕事をしているのか。

「早く死んで。無残に……もし死ねないなら」

声が二重に聞こえた。

「私が殺してあげようか」

受話器を手にした真由美が目の前にいた。やつれている。もう一方の手にナイフがあるのを見て、私は逃げ出した。
こんな恐怖を味わうくらいなら、電話するんじゃなかった……。
逃げる先は決まっている。岬だ。私は、勢いよく飛び降りた。

自殺の名所には、ためらわずに死ねるサービスまで用意されている。それがこの電話だ。

―――FIN

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